休日は秘密の宴でわらいましょう 紹介ページ
休日は秘密の宴でわらいましょう
休日は秘密の宴でわらいましょう表紙

文庫サイズ/120P/(予価)500円
領主だけが知る秘密。それは――宴会!?
城壁に囲まれた都市を治める領主たち。都市の主である領主たちは、毎日を優雅に、かつ忙しく暮らしていた。
だがたったひとつ、領主たちは誰にも明かせない、秘密を持っている。
それは――宴会!?
とある町、ツィオーラの領主ジーノの秘密をめぐる、軽やかコメディなファンタジー。

本文サンプル
一、

 深い森の中にそびえ立つ、堅牢な城壁。堅牢な城壁は日々の生活を営む人々を敵から守っている。いわゆる、城塞都市だ。
 そんな城塞都市の中心部。そこにはひときわ目立つ城がある。そこに住むのは城塞都市の主である領主だ。どの町にも主がおり、国の王が住む大都市もある。
 そんな城塞都市の主である領主たちは、毎日を優雅に、かつ忙しく暮らしていた。
 だがたったひとつ、領主たちは誰にも明かせない、秘密を持っている。
 それは――。



「あ――、今日も駄目だったぁぁぁぁ」
 あちこちから話し声が飛び交う部屋のなか、ひとりの男の情けない声が響いていた。その声はすぐに喧噪にまぎれ、消えていく。
 薄暗い夜の闇は、各卓に置かれたランプの灯りが、かき消しているようだった。それでも少し離れた先は薄暗くてよく見えない。
 薄暗い酒場の一角で、どっと笑いが起きた。きっと酒に酔った誰かが面白いことを言ったのだろう。
 そんな、ありふれた酒場の夜だった。
「それ、もう五回目だけど」
 情けなく声をあげた男――ジーノは、テーブルに突っ伏していた。そんなジーノの頭上で、あきれたような声が聞こえてくる。
 ジーノが顔をあげると、向かい合うようにして、ひとりの男が座っていた。年頃はジーノと同じ、二十半ばぐらいの若さだ。酒の入った杯を持つ男は、どこか鋭さをもつ栗色の瞳を向けてくる。ランプの灯りに揺れる目は細められ、楽しそうであるが、奥には武人と思しき鋭さが残っていた。
 隠しきれない鋭さのとおり、男が武人であることをジーノは知っている。だがごく一般的な髪の色のせいだろうか、鋭さは綺麗に隠されていた。ジーノなぞ、いかにも位の高そうな金髪に碧眼なので、どれだけ頼りなげな見た目でも、平民と同じ服をまとっても、雰囲気を隠すのが難しいのだ。うらやましい。
「それはわかってるよぉぉぉシルヴィオォォでも誰にも話せないから五回目になってしまうんだよぉぉぉ」
「あーはいはい、とりあえず飲め飲め」
 ジーノの情けない嘆きに、男――シルヴィオは、ジーノの傍らに置かれていた杯を持ち上げて、そして中身がほとんど無いことに気がついたらしい。
 瞳と同じ栗色の髪の毛を揺らして、厨房へと首を向ける。
「こっちに酒を持ってきてくれ!」
 シルヴィオの声に応じて、厨房の奥から軽やかな声がかえってくる。ほどなくして、なみなみと酒を注がれた杯を持って、店の者が現れた。
「お待ちどおさま。……今日はあの人はいないの? あの黒髪の殿方」
「ああ、忙しいんじゃないかな」
 シルヴィオは軽く肩をすくめながら、カップを受け取っていた。店の者はそうですか、と頷きながらもどこか納得していない顔である。だが話を続けることもなく、奥へと引っ込んでいった。
「ほら、飲め」
「うー、ありがたき」
 ジーノは杯を受け取って、ひと息に喉へと酒を流し込んだ。口のなかに、苦みの強い味が広がる。喉がカッと熱くなり、ふわりと頭が揺れた。
 安酒独特の味だ。いつも飲んでいる葡萄酒に比べれば、ずっと劣る味わい。それでも時々無性に飲みたくなる味でもあった。
「それで? 今日もまた嫁さんと話せなかったって?」
 おとなしく杯をかたむけていたジーノに、シルヴィオが問いかけてくる。とたんに、昼間の出来事がよみがえってきた。恨みがましい気持ちでシルヴィオを見るが、シルヴィオはひどく楽しそうな顔を崩さないままだ。
「……女性からもてはやされるシルにとっては、そりゃあ気楽な話なのかもしれないけど、こちらは社会問題一歩手前なんだよ」
「女に人気なのは、ジーノだってそうだろう? 『ツィオーラ大聖堂の麗しき主』っていう二つ名までつけられてるそうじゃないか」
 シルヴィオは声をひそめて口にする。騒々しい酒場ではきっとまわりに伝わることなどないだろうとは分かっていても、ここでそれを聞くのは、ひやりとするものだ。
「シル。ここでは私たちはごくごく普通の民なのですよ。少なくとも、見た目は」
「そういうお前こそ、口調もどってんぞ」
「う」
 シルヴィオに指摘され、ジーノは口ごもっていた。ごまかすために、もう一度杯を傾ける。やられたままでは悔しい。杯を傾けながらも、酔った頭を回転させていた。
 そんなジーノをどう思ったのか、シルヴィオはカップを手にしたまま、口の端を上げる。
「気にすんな。皆酔っぱらっていて、誰もまわりのことなんて気にしちゃあいないさ」
「……でも」
「なぁに。ここは俺たちみたいな奴らが集まるために、作られた酒場なんだぜ。少しばかり何かしたって、平気だって」
 シルヴィオは快活にわらった。そうして笑っているさまは、平民の服をまとっていても領主らしい高潔さがにじみでているように感じられるのだ。
 シルヴィオの名は、シルヴィオ・E・ベッカーリア。
 この酒場のある城塞都市から、離れたところに位置する城塞都市、ベッカーリアの主である。
 そしてジーノ――ジーノ・Y・ジェレリロ。彼もまた、ベッカーリアからほど近いところにある町、ツィオーラを治める領主であった。
 普通であれば、こんな町中の酒場で、こうしてぐだぐだと酒を飲むような立ち位置にはない。
 だが、小さなこの町、ラヌゼルタのこの酒場では、休日の夜にこそこそと領主達がさまざまな手段を用いておとずれ、酒宴を繰り広げているのだ。
 ここでは彼らは皆平等。政治の話はいっさいなし。暗黙のルールのもと、彼らは何の得にもならない話ばかりして、鬱憤を晴らしていた。
 このしょうもない酒宴は、代々領主だけに伝えられ、そして領主以外には決して漏らしてはならない秘密なのであった。
 そのためジーノたちは、領主であることを知られないよう、細心の注意をはらいながらしょうもない酒宴を繰り広げているのである。まあもっとも、酔いがまわれば多少の羽目をはずしてしまうのであるが。
「まあ、気をつけるにこしたことはないか。それで? これで奥方と話せないのは何日続いているんだ?」
 シルヴィオの言葉に、ジーノは妻、アニエスと話していない日を指折り数えてみた。数えるうちに、次第に悲しさがこみ上げてくる。両手の指でも足りなくなったからだ。
「婚礼の儀からずっとなので、じゅうに、にちかん……?」
「……お前……」
 シルヴィオは今度こそ、あきれたような声をあげていた。あきれた声を聞いて、さらに悲しくなってきてしまい、またテーブルに突っ伏してしまう。
「いやいや、そんな蔑む目で見られてもこればかりはどうしようも」
「どうしようもったって、さすがに嫁さんがかわいそうだろ。この前したアドバイスは実践しなかったのか」
「アドバイスってあれですか、お召し物とか髪型とかを褒めたたえたあとにアニエスを褒めたたえてあわよくばベッ……ってやつですか。できる訳ないでしょう! シルじゃないんですから!」
「口調」
「うっ」
「しかもそこ噛むとか、初心な娘じゃあないんだから……おまけに派手な式を挙げてるんだ。やましいところなんてないだろうが」
 ずっと放っておかれるんじゃ、嫁さんもかわいそうだろと続けられて、ジーノはただ沈黙することしかできない。
 ここにいるのがシルヴィオだけで良かった。もし他の領主、たとえばこの町の主とか――なんていたら、これだけじゃあ済まないはずだ。完全におもちゃにされて、延々と笑われる未来しか見えない。
 そのことを考えるならば、この状況は甘んじて受けるべきだ。ジーノはひとり納得すると、テーブルの中央に置かれていたソーセージの詰め合わせに手をのばした。
 ソーセージにはハーブで香り付けがされており、口のなかに含むと、じゅわりと脂がにじみ出てくる。酒が進む味だ。
「仕方ないだろ……あなたと違って、僕は祈りの場以外で女性と話す機会に恵まれなかったんだ。おまけに、あれだよ、あれ」
「どれ」
「アニエスは……、その、あれ、あれです」
「おい。話を進めろ」
「……僕にとって、……あこがれの人なんだ……目の前にいるだけで、こう、目がつぶれそうになる……」
 心の内を暴露していると、猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくる。おもわず手にしているソーセージを潰しそうになってしまう。いや、潰していた。
 ジーノは、協力関係にある町の領主の娘を娶ったばかりだった。妻となったアニエスは、快活な美しさを抱く姫君だ。女でありながら剣の腕はかなりのもので、かつては騎士団の一員として活躍をもしていたそうだ。
 だからだろう。美しい銀の目はいきいきとした強さに満ち、銀髪は太陽にきらめいていて、身のうちから光をはなっているようにも感じられるのだ。
 取り決められた政略結婚であるとはいえ、ジーノにとっては幼き頃から憧れていた姫を迎えられるとあって、願ったり叶ったりのものだった。
 そう、だからこそ、緊張しすぎてしまい、どうしても彼女と話すことができない。話すどころか、目を見ることすら難しい。ジーノが抱える問題は、とてもくだらないが根深いものであった。
「さながら、嫁さんはクラレント神といったところか」
「いや、クラレント神と比べるなんてとてもとても……だけど、信仰の対象、と言ってもおかしくないかもしれないな」
 ジーノは大聖堂の中ほどにおわすクラレント神の像を思い浮かべてみた。聖なる慈愛に満ちた笑みをうかべたクラレント神。やわらかな光を放つ姿はアニエスと比べるべきではない。比べる次元が違うのだ。
 だが、身のうちから光を放っている姿、そしてジーノが抱く憧れの気持ちを思えば、祈るべき存在と思ってもおかしくないような気がした。
 ジーノが考えているとき、シルヴィオが思い出したように声を上げる。
「信仰といえば、もうすぐ聖燭祭じゃないか」
「うっ……」
「さすがに、その時までには会話ぐらいできるようになってないと、嫁さんも面目丸つぶれになるなぁ」
「う、おっしゃるとおりで」
 聖燭祭という単語を聞いたとたん、どんよりとした気分が舞い戻ってくる。いままで酒で気持ちが舞い上がっていたぶん、より重くなってしまうようだ。
 聖燭祭は、クラレント教の祝祭である。クラレント神の母アルナの祝祭。蝋燭を持ち、通りを歩いて大聖堂へと向かう、厳かな儀式だ。
 ジーノがおさめるツィオーラはクラレント教の力が強く、祝祭ひとつひとつが、町を挙げた大きな儀式になるのである。
 従って、そこでジーノはアニエスと意思の疎通がはかれていないと、困ったことになってしまうのだ。とくに、ジーノは正式なものではないものの、司祭の力を持つ聖職者であり、普通の領主にくらべて仕事が多い。アニエスの負担も大きくなるだろう。
「何としてでも、話せるようにならなければ……」
「政略結婚とはいえ、新婚の夫婦とは思えないな……」
 ふたり、同時にため息がこぼれ落ちる。まわりの賑やかさのせいで、この席の重苦しい雰囲気がいっそう際立つようだ。
「……ま、今日は飲め飲め。飲んで気持ちをすっきりさせろ。嫁さんとも、ふとしたきっかけで話せるようになるさ」
 重苦しい雰囲気を消そうと、シルヴィオはからりとした声をあげて、杯をジーノのまえに置いてくれた。そうだ。せっかく領主という身分を忘れ去り、ただの平民として酒を飲むことができるときなのだ。ここに暗い気持ちを持ち込むのは間違っている。
「そう、だね」
「そうだそうだ。何ならそこの賭けに混ざってもいいぞぉ」
 シルヴィオは少し離れたところのテーブルを指さした。そこでは軽い人だかりができていて、卓上に転がるサイコロを追って歓声があがっていた。
 ジーノはぐい、と勢いよく酒を飲み干し、杯を置く。まだまだ夜はこれからだ。
 杯をテーブルに置くときの、かたりとした音がやけに耳に残っていた。

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